30年前の大学受験

ちょうど今から30年前の8月の終わり。

恩師である梅木先生の塾で日田高校の同級生と友達になり、彼らの姿を見て「このままでは大学に行けない」と焦りだし、受験勉強をスタートしたのを覚えています。

当時の自分の成績は、進学クラス約40人で中の下、評定平均は3.5ぐらいだったと記憶してます。

順位も良くて半分、定位置は30番台。

その状況から「鬼の受験モード」に入り、最終的には、目標としていた「国立大学・工学部」に合格することができました。

あの高校3年生の8月末から3月頭までの約6ヶ月間が「今の塾運営の基礎」になっていると思っていて、主催する塾でも生徒たちに当時の様子を話すことがあります。

  • 絶望的な成績から、どうやって半年で成長したか
  • 何を考え、何を意識していたか
  • 具体的に各教科について何をやり、何をしなかったか
  • 時間の使い方や、友達関係のこと
  • 量と質、受験勉強で一番大事なことは何か

ただ、その後の大学生活は「ここじゃない感」が凄まじく、今考えると「数学と物理が得意だから工学部に」という安易な考えで進路を選んだことを反省しています。
※ ただインターネットも無かったあの当時を考えると、仕方ない面もあるなと、、

その反省も踏まえて、塾の高校生たちには

  • 大学に行く目的や意味
  • 夢や目標、そして進路
  • 自分の興味ややりがい
  • 働き方、生き方
  • いろんな可能性、選択肢があるということ
  • 目的と手段を間違えないこと

など、少しでも人生の判断材料になればと思い、30年先を生きている者としてアドバイスしています。

そんな中でいつも思うのは、ガリレオガリレイの

人には何も教えることはできない、
自ら気付く手助けができるだけだ。

という言葉。

結局は本人が「変わりたい、変えたい、見つけたい、たどり着きたい」と心から欲し望まない限り、外野から何を言っても伝わることはないだろうなということ。

ただ何か1つでも「ひらめきのヒント」が生まれたらと思い、失敗談てんこ盛りのアドバイスを伝えています。