大事なことは習わない

50歳を手前にして、思い返してみると

大事なことは習わない

ということに気がつきますが、多くの人が共感してもらえると思います。

これらは「基本的には我流」で対応することになります。

我流と言っても、その大部分は「若い時の出会い」に左右されることが多く、親兄弟・親戚・先生・友達だけでなく、生まれた環境、触れてきた情報によって「自分の我流が構成される」のかなと感じています。

人生のどこかで「素晴らしい出会い・経験からの気づき・自主的な学び」などが得られた人は、きっと生涯を通じてバージョンアップし、試行錯誤を重ねながら、より良い人生を作ろうとしますが

逆に「悪い出会い・経験不足・向上心の欠如」によって、自分への諦め、気づきの欠如、他責思考が優先し、そもそも「そんなことすら考えもしない」で一生を終える方もいるでしょう。

また現代は、探そうと思えばいろんな情報が溢れていますが、その中には「有益」なものもあれば「有害」なものもあります。

ところがそれ(有害か無害か)すら「わからない場合」もありますので、そう考えると「大部分は運」なのかなとも言えます。

でもってその「運」も、もしかすると四柱推命的なこと、名前や生年月日、はたまた前世の徳か、手相やホクロの位置、そして遺伝的な影響も大きいのかもしれません。

つまり「大事なことは結局わからない」のですが、そうやって深掘りしていくことが大好きな自分としては、このテーマ(考え方)で事業を進めていくことを選んで良かったなと感じています。